理想の隠居(老後)生活。
先日、散歩をしながら、老後の理想について色々と思いをめぐらしてみました。
老後の心配の話はよく聞きますが、
じゃあ、自分はどんな老後が理想なのか、あんまり考えないのではないでしょうか。
日々「死」に近づき「死」を意識する「老後」。
私は一体、どんな形で人生を終えたいのか、
自分の理想の隠居生活がどんなものか見えてくると、シンプルに、自分は本当は何に向かって進んで行きたいのか、見えてくる気がします。
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結局、私が幸せに死ぬために必要なのは人だった。
家族と変わらず幸せな時間を過ごしたい。
友人と変わらず幸せな時間を過ごしたい。
とても抽象的な表現ですが、究極を考えると、以上に尽きます。
主人と友好な関係を保ち、
親しい友人をもてなす、少しのモノと技術があれば、
きっと幸せな時間を作る事ができる。
そのために必要なモノは案外少ない。
4畳半くらいの床の間付きの和室に、
1セットのシンプルなお茶道具と着物。
料理を引き立てる1セットの応量碗。
10着くらいの服。
友人に手紙を書く文庫箱。
シンプルな基礎化粧道具。
ヨガや瞑想ができるマット。
以上のような、人と繋がれる空間と、少しのもてなしの道具があれば、十分じゃないかな、と思う。
でも、欲深い私は、今でこそ、欲しいものがたくさんあるのが事実。
欲しいモノは、物質的なモノだけではありません。
愛情、名声、賞賛…あげればキリがない。
でも、同時に、死ねば全ては無になります。
私が追い求めているモノって一体何なんだろう。
ましてや、死ぬ直前まで、たくさんのモノに執着するのは、なんて無常なんだろう。
考え方のヒントをくれる茶道や瞑想、仏教の世界。
私にこの考え方のヒントをくれたのは、茶道や瞑想、仏教の世界でした。
それぞれに、あまり境界線はないのですが、
強いて言えば、
仏教:全体的な世界観
瞑想(ヨガ):心と体のありかた
茶道:具体的な空間の使い方や作り上げ方
こんなところでしょうか。
最終地点を考えると本当に大切なものが見えてくる。
主人との友好な関係を築く
友人をもてなして楽しい時間を過ごす
そのために今から何を学び、何に時間を費やすべきか、
着地点の想像がつけば、何をするべきか・したいかが見えてくるように思います。
まだ、学びの途中ですが、これからも深く追求していきたい分野です。
そして、さらに、しっくりくる、理想を想像して、また楽しみたいな。